ジョニー・スミスの一言に匹敵したか?『ブラック・スワン』

主人公ラストの一言大賞があれば、『バーディ』(アラン・パーカー監督)と『デッドゾーン』(デビッド・クローネンバーグ監督)の2本がトップを争うだろう。
『バーディ』でバーディ(マシュー・モディン)が最後に放った一言。結末へ駆け抜けるような展開の流れで出た反則ギリギリの台詞。思わず椅子から落ちそうになるほどの衝撃を受けた。
そして『デッドゾーン』でジョニー・スミス(クリストファー・ウォーケン)が呟いた言葉。
恋人に向けた言葉か、世界に向けた言葉か、はたまた呪わしい自分の能力に向けた言葉か。
シンプルな台詞でありながら、深く感情を揺さぶる。

予告編を何度も見たせいで、もう本編を観たような気になっていた『ブラック・スワン
予告編だけで感想が書けそうなくらいだった。
まあ、しかしそこはアロノフスキーの新作。見逃すわけにはいかない。
と言う事でいきなり結論から言ってしまうと、素晴らしかった。
神経症的に堕ちていく人間の描写、テンポよく進む展開、ホラー的緊張感と「おどかし」の演出。申し分ないクオリティは流石、というところでしょうか。
で、これは多分勘違いというか思い過ごしだと思うし何の根拠もないんだけど、今回のアロノフスキーは幾分か職人的な演出になっているような気がした。
繰り返しますが、根拠ありません。何となくそんなイメージを画面から受けた。
いずれにしても、フィンチャー、ノーランと並んで現代アメリカ映画を担う人材なのは間違いない訳で、その本領は発揮してる。

まーしかしナタリー・ポートマンの映画だったなあ。やっぱり。
バレエシーンが吹き替えだのって話もあるみたいだけど、あんまり関係ないでしょう、そこは。
仮にそうだったとしてもそれを補って余るほどのパフォーマンスだった。
個人的には「体当たりの演技」で新境地!っていうのは大抵、ただ脱いでるだけだったりするんで信用してない。どちらかと言うと「So What?」って感じ。
だからマスターベーションしてるとか、レズシーンがあるとかは割とどうでもいい。
それよりもやはりラストだ。あれが全てと言ってもいいくらいだ。
その前に。

ミラ・キュニス(クニス?)は多分始めて見たけど、なかなか魅力的で好きな顔。でももう少しガツガツ来るかと思ったけど、そこは予想よりおとなしい印象。
とりあえず名前を覚えとこ。しかしクニスかキュニスかハッキリして欲しい。個人的にはキュニスの方がなんかミステリアスな印象で良いと思う。
で、バーバラ・ハーシー。娘を偏愛し、やや壊れかけの母親を(演出のミスリードを含めて)表現していて良かった。ケーキのくだりのとこ凄かったなあ。
ちょっとした場面なんだけど、母娘の距離感が一瞬で分かるシーンだった。
さて、ヴァンサン・カッセル。いや、予想外だった。良い仕事ぶり。
清濁あわせ飲むプロっぷり、「こいつ、ただのエロ振付師じゃねーぞ…」と思わせる説得力はなかなかのものじゃないだろうか。
そして何といっても驚いたのはウィノナ・ライダー。出てるの知らなかったし。いやさすがの存在感。そして実生活と重なるような役柄。どこまで意図していたかは知らないが、「あんた、それ盗んだの?」と言わせるあたり確信犯のような気がしないでもない。
『レスラー』と同じ企画として始まったという話を聞けば、ベス(ウィノナ)視点での作品もあったのか、と妄想してしまう。
立場を奪われるプリマドンナ、穢されるプライド、挫折と追い立てるように身に降りかかる悲劇…。これだととことん「堕ちる」映画になりそうだな。

さて、ナタリー・ポートマン
とにかくラストの展開は素晴らしいに尽きる。疾走感ある堕ちっぷり。
いや途中も良いんだよ。全体的に良いんだけど、やっぱりラストだ。
ラストのあの一言。とりあえずジョニースミスの一言に匹敵するくらいのパワーはあったんじゃないかな。
最後に彼女が呟いた「※※※※※」という一言を耳にした時、なんとも言えない高揚感と安堵感が入り混じった感情がおきた。「いやあ、良かったねえ」という気持ちにすらなる。
そういう意味ではハッピーエンド。そう思った。

ひとつ残念だったのは、結構前の席で観てしまったために、画面に酔った事。
動体視力の衰えをヒシヒシと感じる。

あとサントラ。クリント・マンセルのサントラは緊張感あってとても良かったと思う。
ただ『月に囚われた男』の方がサントラとしての印象度は高い。
と言う事で今回はサントラ未購入。