「おいジョニー・デップだぜ」「ふぉげらばう!」 『フェイク』

いつの間にかジョニー・デップと言えばジャック・スパロウという事になっていて、知名度の高さと比べて過小評価されてはいないか、と最近思う。
過大評価ではなくて、過小評価ね。
確かにブラッカイマー印エンターテイメント大作の主演というのは、「ハリウッドスター」としての大衆性の方が前面に押し出ている感じなので、ともすれば「俺、映画はちょっとうるさいよ」的な人達から必要以上にdisられやすい立ち位置にいるのかもしれない。
ティム・バートンとのコンビで奇妙なキャラクターを演じる事も多いので、その辺もポイントのような気もしないでもない。
そりゃ「カリビアン」シリーズが心のマイベスト10に残る作品かと言われれば、それはちょっと苦しい。でも。
あのジャック・スパロウってキャラクター造型。あれ、なかなかのもんじゃない?普通に考えればヒット作の主役キャラ(厳密に言えば主役じゃなかったのか)にはなりえない。汚いし。(多分)臭いし。
そういう意味では非常にアクターとしての力を感じる仕事振りと言えるんじゃないでしょうか?

昔はどちらかというと映画好きの間では「信頼のおける」役者のひとりだったと思う。大作というよりは、作家性の高い作品に選んで出演しているという印象があった。
ジョニー・デップが出るなら、それなりのクオリティの作品なんだろ」という空気はあったような気がする。
それが今では「ツーリストwwジョニデwアンジーwww」みたいな扱いになっていてちょっと哀しいね。

さて、ジョニー・デップの出演作で好きなものはいくつかある。
シザーハンズ』『スリーピーホロウ』と言ったティム・バートンとのコンビ作。『フロム・ヘル』も良かったし、『ブロウ』『ノイズ』…『デッドマン』てのもあったね。
そんな中であえてマイ・ベストを上げるとすれば
『フェイク』だ。

『フェイク』は、FBI捜査官ジョーがマフィア組織に「ドニー・ブラスコ」(これが原題になっている)という偽名で潜入するというお話。潜入先で人間関係を築き上げていくうちに、捜査官とマフィアの一員という二つの自我で揺れ動き、葛藤するという潜入捜査物の定番といえば定番の流れで話は展開する。
最初に難点だけ上げておくと、ジョニー・デップがイタリア系に見えるかなあ?という点。そこは正直微妙だと思う。マフィアの面々が“レフティ”を演じるアル・パチーノ始め、「ゴッドファーザー顔」の人が揃っているのでその辺は少し苦しいのかな、という気はしないでもない。
そこは目をつぶっていただきたい。
映画は「FBI潜入捜査」「レフティとの友情関係」「ジョーの家庭問題」を軸に進む。
そして各々のパーツが「潜入捜査物としてのサスペンス」「クライムストーリーとしてのドキドキ感」「泣ける男の友情ドラマ」「壊れていく夫婦ドラマ」として成立している点にも注目したい。
特に潜入捜査パートでは、身分が露見してしまうんじゃないか?あるいはもうバレてるんじゃないか?と思わせる場面が何箇所かあって、ある意味ベタな展開ではあるが十分ドキドキを与えてくれるクオリティになっている。
日本料理店での(致し方ない)暴走と後悔。対立組織との抗争での「儀式」への参加のシーン、などなど。
綱渡り状態でハラハラさせる場面がたくさんある。
当然、全てのパーツにジョー/ドニーが絡んでいる訳だけど、その自我の揺れが丁度いいバランス。ケレン味がないというか。
捜査官ジョーとしてのベースを大きく崩さないでいて、じんわりと「ドニー」が侵食して来ているって感じ。

好きなシーンは他の捜査官と盗聴している会話を聞いている場面。(ポール・ジアマッティが出てます)
マフィア独特の言い回し(forget about it)をジョー/ドニーが解説している。
「このforget about itって何だい?」
「これは肯定の意味でも否定の意味でも使う」
と言って、色んな用法をあげるジョー/トニー。
これをやや疲れた顔で解説するジョー/ドニーが、二つの人格の境目にいるって感じになっていて、周りのリアクションも含めて好きなところだ。
フォゲラバウ。

しかし、やはりメインは“レフティ”との絡みだろう。
とにかく演じるアル・パチーノが凄い。
ゴッドファーザー』とも『スカーフェイス』とも違う「負け犬」感たっぷりの人物を演じています。
出世できない情けない下っ端マフィア役が素晴らしくハマっていた。長年組織の中で働いてきたプライドもあって見栄っ張りでどうしようもない人間だが、憎めない。憎めないというか哀しい方が強いけど。
いや、ホント情けない人なんですよ。ドニーの方がグングン組織内で出世していくのに取り残されるし。うまく立ち回れないからね。
旨い話に一枚噛もうとするのに空回り。もう見てられないくらい。クルーザーパーティの前にグリーティングカード買う所の哀しさったら、もう…。しかもカード買うのにドニーに金借りてるし。
拭いきれない下っ端感。

圧巻は終盤、自宅のソファに座ってテレビを見ているシーンだ。大好きなアニマル番組を独りで見ているレフティ。全てを覚悟した男の顔、と言いたいけどやっぱり少し情けないんだよね。カミさんに残した「ドニー」への伝言。そして引き出しに時計を入れるシーン。
目から汗、出まくりですよ。
台詞なしの動きだけで魅せるのは、まあ流石、名優というところでしょうか。

あれ、アル・パチーノの話になってしまった。
最後にジョニー・デップの事を。
ラストについて書きます。


潜入捜査を終えて、FBIから表彰を受けるジョー。
小さな部屋で質素な会場。ギャラリーもジョーと妻と子供たちだけ。
おエライさんが、おざなりな感謝の言葉を述べて、パラパラと拍手を受けて写真撮って「はい、おしまい。ごくろーさん」って感じで周りの人間は帰って行く。
華々しさ一切なし。報われなさ、徒労感を感じる場面。
「終わったのよ、ジョー」
というカミさんの一言を受けてのジョーの何とも言えない表情がとても印象的だ。

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