ワンランク上のおっさんは〜 『さや侍』

例えば『ヒストリー・オブ・バイオレンス』の冒頭部分。始まった瞬間に「ああ…この映画、傑作だわ」と思わせる瞬間。
もちろんそれには遠く及ばないが、『さや侍』の冒頭、野見勘十郎が山道をたどたどしく走る場面は意外にも絵になっていて驚かされた。そういえば『大日本人』も『しんぼる』も冒頭部分のシーンは結構良い感じだったが、今回はそれにも増して野見さんの「顔」が予想外に映画的だった。


正直、野見さんが主演と聞いた時には「これは『はたらくおっさん劇場the MOVIE』になるのか」と不安になったのは事実。まあ、ある意味それは当たってはいる。だがしかし。


まずは不満な点を挙げよう。
序盤で野見を狙う刺客三人組。登場シーンは中々良かったが、その後の扱いは結構雑で、特に野見の命を再度狙う事も無くただの傍観者としての存在感しか無かった点。野見の「三十日の業」を見守る観客の象徴としての役割であるとしても少し物足りない気がした。
それと全体的に、説明的な台詞が多かった点。殿様が若君の日傘を下げさせるシーンは動きだけで見せた方が良いし、ラスト近くの野見の行動を裏付けるようなナレーションも説明過多に感じるのは否めない。野暮ったいんだよね。
ある人はそれを「映画的感性」の欠如とも言うかもしれないし、もしかしたら監督自身がそれを信用していないという証なのかもしれない。(但し、確信的であるというのも否定できない)
その他、この時代に割り箸あったのか?(追記:あったらしい。ごめんなさい)とか短時間であれだけの仕掛けを作れるのか?というツッコミもできなくはないが、まあこれは重要なポイントではない。
とにかく。
そういった色々と不満に感じる点がない訳ではない。ないが、しかしそれを補う出来だったと思う。
何しろ、野見勘十郎の表情が素晴らしい。終盤間近、とうもろこしを食べる場面。ここからの野見さんの表情は圧巻と言っても良いんじゃないだろうか。
前半のそれこそ「はたらくおっさん劇場」状態で色々とやらされている時とは明らかに違う顔の力。十分、スクリーンに堪える立派な表情をしていた。これから野見さんが役者としてやっていけるとは思えない。できないだろう、当然。
しかしこの映画での野見さんの表情(と存在感)は、なかなか得難い。極端に言えば奇跡。one & only…。

たえ役の子も少し「子役然」とした台詞回しが鼻につかないでもなかったが、やはりこの子も終盤から良い表情をしている。隣のお姉さんが泣いてたのも分からないではない。


監督が監督だけに色んな人の批判が今から目に浮かぶし、多分その一つ一つは妥当な物だろうと思う。
でも自分としては好意的に評価したい。