「スコリモフスキ」って発語的快感があるね。 『エッセンシャル・キリング』

「本物の雪を撮影したからといって、それが映画の中で雪に見えるとは限らない」と偉い先生が言っていたが、そういう意味ではこの作品では雪がとっても雪だった。

という事で
『エッセンシャル・キリング』

ひたすらビンセント・ギャロが逃げる。言ってみればそれだけなんだけど、観終わると何とも言えない余韻を残す。不思議な作品。
個人的に印象的だったのは音。
冒頭のヘリコプター、ハエの飛ぶ音、銃声、耳鳴り、雪を踏みしめる足、伐採された木が倒れる時の軋み…。そしてギャロの息づかいと呻き。
武満徹というか池辺晋一郎というか黒澤映画っぽい音楽も効果的だったと思う。
特に終盤小屋の前に来たギャロをとらえたショット。聴こえるか聴こえないかってくらいの雪が降る音。実際には音はなかったかも知れないが、まさに「雪が降っている」という感じが伝わる素晴らしいシーンだった。
その一方でセリフは極端に少なく、ギャロに至ってはまったく喋らないが、それがラスト付近の小屋のシーンで非常に効果的に活きてくる。
小屋のシーンはとても好きなパートだ。
細かいことは省くけど、女性とのやりとりはドライでありウォーミングであり、そして…。


ギャロを巡る状況はもちろん悲惨で苦痛を伴う。
と同時に笑いを誘うギリギリのラインを綱渡り的に描いている気がするが、それは勘違いだろうか。罠にかかるところとか、木が倒れてくるところとか、それからやっぱり授乳シーンとか…。心身ともに痛い場面なんだけど、ともすれば笑ってしまいかねない危ういバランスを取っているという印象なんだけどね。


セリフのないギャロの存在感は充分。元々特徴のある目だけど、今回は特に印象的な目をしていた。


宗教的な寓意というかテーマについては正直よく理解できていない。
ギャロ(さっきからギャロって言ってるけど役名が劇中で紹介されてないよね。クレジットで初めてムハンマド?って判った気がする)が見る予知夢のようなものとか、導くように現れる犬の存在とか。
タイトルについても漠然と「本能的な(生きるために必要な)殺人」という事かなあ、という程度の認識しかない。
それでも観終わった時に感じる不思議な余韻。これは何だろう。
イエジー・ スコリモフスキ作品はこれが初めてなので、どういう作風な人か知らないけど写真とか見るとカッコいいおじさんで、ちょっと気になる存在ではある。
昔は監督・脚本・主演とかしてたんだね。ちょっと武っぽい。

あと映画とは関係ないけど渋谷のイメージフォーラム
座る席、観る角度によってはスクリーンが反射して光っている箇所がある。あれ何とかならないでしょうか。
まあ、顔をちょっとずらせば解決するんだけど。

以下ネタばれメモ

  • 最後の小屋を出て行くシーン。良かったなあ。黙って扉をあける女。出て行くギャロ。最初、スープ飲まずに出て行くのかと勘違いした。飲んだあとなんだよね?
  • 食べるモノや着てるものがわらしべ長者的に良くなっていくのも、なんか意味あるんだろうか。ないか。
  • 犬がわらわら出てきたシーン。不気味さと滑稽さと救済と…色んな感情が入り混じる。ここも好きなシーン。
  • 木の実食べてる時に出てきた青いベールの女。奥さんの幻影なんだよね。でもそれに目もくれず木の実を食べる。ふむ。