ワーグナーと共に米軍がやってくる。 『モンスターズ/地球外生命体』

「ここに住んでて怖くないの?」
「仕事もあるし、家族もある。ここで生きて行くしかないのさ。モンスターに襲われるかどうかは運だよ」
これを逞しい生活力と言っていいのかどうか、判らない。だた、なんともやるせない気持ちになる。


と言う事で
『モンスターズ/地球外生命体』

謎の生命体が繁殖しているメキシコ。辺り一帯が「危険区域」として壁で隔離されているこの地で、カメラマンであるコールダーは「いつか生身のエイリアンを写真におさめてやる」という野心を持っていた。そんなある日、彼の元へ奇妙な依頼が舞い込む。メキシコにいる新聞社の社長令嬢サムを国境(アメリカ)まで送り届けろ、というのだ。国境へ向かうフェリー乗り場まで連れて行くだけの簡単な仕事だったはずだったが…


このあらすじ、結構ゾクゾクしませんか?自分はした。
ちょっとハードボイルドっぽいSF、例えば『トゥモローワールド』的なものを期待してしまう。

まあ、そこはちょっと期待しすぎでコールダーのキャラが予想よりチャラいというか、もっとクライヴ・オーウェン的な線で行って欲しかった気がしないわけではない。前半はちょっと感情移入しにくいところもあった。
しかしそういった欠点が後半には気にならなくなってくる。
ポイントは本格的に二人の「移動」が始まったあたりだろう。
モンスターパニックものだからといって、ただモンスターから逃げるだけでは芸がない。その点この作品では「目的のある移動」が主軸になっているのが良い。しかもシンプルに。
そう、これは様々な障害を乗り越えながら目的地を目指すロードムービーだ。
むろん移動はスムーズには進まない。
カネに汚い役人的なフェリー乗り場の男、酔ったことによるトラブル、そしてもちろんモンスターの存在が二人の邪魔をする。所々にご都合主義的な部分がないとは言わないが、気にならない程度のバランスを保っていたと思う。
通常こういった作品にありがちな連れの女性が余計な事をして事態をややこしくするというイラつく展開もない。
90分という尺でサクっと終るのも良い。


低予算の作品と言う事だが、自然を捉えたショットには時おり「おっ」と思わせるものがある。
特に朝焼けの場面は美しく、その美しさが世界の荒廃との対比で際立つ。

一方、廃墟と化した街並みは妙にリアルに迫ってくる。
「危険区域」「巨大な壁による隔離」「ガスマスク」、こういったものが今の我々を取り巻く現実世界を想起させてしまうのもまた事実だ。冒頭に挙げた会話のように。
まあ、しかし安易な記号化はいけない。止めておこう。


さて。
ここからはネタバレを気にせず書く。

この作品は「目的地への移動」がメインなのでモンスターとの闘いによるカタルシス(倒すにせよ、徹底的な敗北をするにせよ)はない。
少なくとも主人公たちは戦わない。
ボートで移動中の時に写真ばっかり撮っているコールダーにサムが言う。
「こんな時まで写真撮ってる場合?」
「戦えっていうのか?」
カメラマンだからね。スーパーヒーロー的な行動は取らない。
唯一コールダーが「勇敢な」行動を取ったのは、兵士の死体からカメラを取り戻し、ガスマスクを奪った時だ。
それ以外では写真を撮っているか、じっと息を潜めているか、茫然とモンスターを眺めている。
強いて言うならモンスターの写真を撮る事が彼にとっての「戦い」と言えるかもしれないが、ただ残念な事に、彼はモンスターが目の前に現れている時に限ってカメラを持っていない。
川の時は遠くて暗かったので姿はハッキリみえないし、車で襲われている時はそれどころじゃない。
というか手元にカメラがなかった。(あったら撮ってたんじゃないだろうか)
そしてラストのガソリンスタンドの場面では手ぶらで外にいたのでカメラがない。
ことごとくチャンスを逃している。
そういう意味ではあまり運の良い男とは言えないのかもしれない。


ふたりのゴールは果たして何だったのか。
お互いにそれぞれの「家族/恋人との感情のすれ違い問題」を抱えながら、モンスターを眼前に奇妙な感動をしている。
ラストのガソリンスタンドでの二対のモンスター。あれ、やっぱり交尾だよね。
コールダーとサムもそれに呼応するかのように感情を高め、そしてキスをするが、それが先程のモンスターの行為よりも生々しいのは意図的か。
でもって愛の交歓が終わった後に「ワルキューレの騎行」を口ずさみながら米軍兵士がやってくる。
そう考えると地獄の黙示録なのか、これ。
川下りもあるし。

メモ

  • サム役の人、ちょっとキャメロン・ディアスに似てた。
  • 「人の不幸を商売にして罪悪感はないの?」「医者のように?」記憶に残ったセリフのひとつ。
  • 冒頭シーンは「ああ、これがラストに繋がるのね」って思わせておいて次のシーンで怪我したサムが病院にいるから「あれ?そうじゃないのか」と思わせる中々ひねくれたミスリード