今夜だけでも輝けたのなら、それだけでもリアルな充実。『劇場版 神聖かまってちゃん ロックンロールは鳴り止まないっ』

映画というのは限られた時間についてしか描かれない。
映画で描かれるのは結婚式場から恋人を連れ去りバスに乗るところまでで、微妙な表情になった後、あの二人がどういう人生を歩んでいくのかは分からない。
エンディングはあくまで映画のエンディングであって、人生のそれとは違う。
と言う事で
『劇場版 神聖かまってちゃん 
ロックンロールは鳴り止まないっ』

ストーリー自体には大きなうねりがある訳ではない。
神聖かまってちゃんのライヴまで一週間。アマ将棋の大会に臨む女子高生、生活に追われるシングルマザー、そしてバンドマネージャー、この三者神聖かまってちゃんを媒介としながら物語は進む。
女子高生美知子(二階堂ふみ)やシングルマザーかおり(森下くるみ)の悩みは言ってみれば「よくある話」だ。
(幼い)恋愛のもつれや家族との軋轢、そして兄が引きこもっているというのも取り立てて珍しいモチーフではない。
シングルマザーの生活に追われる疲弊や息子を巡る悩みというのも同様だ。
マネージャーの苦悩もやはり見覚えのあるパターンで、レコード会社の人間がバンドをビジネスとして消費する「体制側」として描かれているのも既視感がある。


しかしこういった「ありふれた物語」に疾走感を与えているのがかまってちゃんの楽曲だ。
自転車を全速力で走らせる美知子の感情をなぞるかのような「あるてぃめっとレイザー!」がひとつのハイライトで、映画自体もここから力を持ち始めた印象がある。


基本的にそれぞれ3人が抱える問題というのは実は何一つ解決はしていない。
美知子はアマ将棋大会に優勝するが、それから明るい将来が保障されるわけではない。
かおりの息子涼太は父親からの決別をして小さな自立をしてくれたかもしれないが、かおり自体の生活は決して好転していくわけではない。ポールダンサーの仕事も解雇されるかもしれないし。
神聖かまってちゃんにしてもそうだ。
熱のこもったライヴをやっているが、堀部圭壱演じるレコード会社の人間は何を考えているのか険しい目でステージを見つめるだけだし、またバンド自体がメインストリームを脅かすような存在になっているわけでもない。(映画の中の話ね、あくまでも)
しかし。
それでも、今夜については彼らは輝けていたはずだ。
美知子の決勝の最後の一手。勝利の瞬間は、ここ一番の至福の時だったろう。将棋の駒から煙が出るくらいに。(実はこの演出は余り好きではない。涼太のipadから電流火花が出るのと同様に)
ボーイフレンドの不義理も親との軋轢も引きこもった兄の事も全て関係なく、自分自身が輝けた一瞬。


そしてかおり。
彼女はiphoneでニコ生配信を観ているが、そこで流れている「ちりとり」に次第に感情を高ぶらせているのが良く分かる。
まさに彼女の心は「ちりとられて」いた訳で、それは(最後になるかもしれない)ステージへ向かわせる推進力となっていたはずだ。
将棋会場、楽屋、そしてライヴ会場をシンクロさせた編集は、ありきたりではあるがとてもエモーショナルで良かった。観ているこちらも自然と引き込まれていく。


特にかおりのポールダンスの場面は素晴らしかった。
ライヴの最高潮として「ロックンロールは鳴り止まないっ」が流れるなか、汗を飛ばしながら踊るかおり。
曲とシンクロするように、一番の盛り上がりの部分で彼女がポーズを決めた瞬間に飛び散る汗のしぶきは美しく、このシーンが一番好きだ。


というように彼女たちは輝いた。
一瞬かもしれない。そしてとても小さな世界での輝きではある。
美知子はもしかしたら将棋を諦めて、ありきたりな人生を歩むかもしれない。
かおりの経済的に逼迫した状況は変わらなくて、涼太もこれから「問題児」として世間から扱われるかもしれない。
かまってちゃんにしてもそうだ。
一年後、彼らはクソみたいなバンドになっている事だって充分ある。あるいはバンド自体がなくなっているかもしれない。
明日は明るくないかもしれないが、今夜この時だけは彼女たちは輝いていた。
の子流に言えば「一瞬、一瞬なんだよっ。その一瞬を捉えろ」ってところだろうか。
そういった輝きがあるかどうかで人生というのは違ってくるのかもしれない。
そんな事を思う。


いやしかし森下くるみは良かったね。
いわゆる良い母親像とはかけ離れている。感情的になるし、言葉もキツイ。
溺愛はしていない。どちらかというと致し方なしに子供と接しているようにも見える。
それでも合コンの最中に「あ。腹が痛い。嫌な予感がする」といって涼太の家出を察知するなど、彼女なりの愛し方がある事が分かる。
この絶妙な距離感が良かった。ポールダンスもかっこいいし。
正直、予想外なくらい良い演技だったと思う。


二階堂ふみは『害虫』の頃の宮崎あおいを彷彿させる感じでこれから期待大ではある。
特に罵声を浴びせながらキックする様はなかなか良かった。


ということで完璧には程遠いし、色々気になるところもあるんだけどそれをねじ伏せるくらいのパワーは持っていた。
そういう意味では神聖かまってちゃんの映画に相応しいのかもしれないね。