残像にシェービングクリーム。 『パーフェクトセンス』

10代の頃「人類の滅亡はいきなりやってくるのではなくてジワジワと訪れるんじゃなかろうか」なんて考えていて。
破滅の大王がやってくるとか隕石が落ちてきて地球が氷の世界になるとかではなくて、気がつけば子供が生まれなくなって(つまりは人口が減っていく一方)、やがて最後の一人が死んでお終いになる、ってヤツ。
まあ、人口が減っていく過程で世界の秩序とか経済の仕組みがどうなっていくなんてのを度外視した思いつき/夢想。


という事で
『パーフェクトセンス』

世界が感染症に見舞われる映画と言えば最近では『コンテイジョン』を思い浮かべるが、この作品はそれとは趣が違う。どちらかというと『ブラインド』に近いのだろうか。いや観てないけど。
『パーフェクトセンス』ではエヴァ・グリーン感染症学者という設定だが、だからといって彼女が感染を食い止める英雄になるわけでもなく、そもそもそういった研究が進展しているという描写もない。感染は無条件に広がっていく。
だから感染症の謎が解明するとか、病気と闘う人の姿といったモノを求めると肩透かしをくらうかもしれない。


五感が次第に失われていく世界を寓意的に描いたこの映画は、絶望と希望(あるいはロマンス)が程よいバランスで取られていたと思う。
厳しい環境下で恋に落ちる男女というテーマは確かにロマンチックな響きを持つ。あらゆる弊害を乗り越えて「真の愛」を勝ち取るふたり、というような図式が頭に浮かぶ。
しかしこの世界では、そのロマンチックな恋でさえ臭覚や味覚が奪われるのと同様に見えざる力に操作されている厄災の一部ではないかとすら思える。
この世界では、ロマンスもまた人間の機能不全の前触れではないかと感じてしまう。

(以下ネタバレ)

五感を失っていくという症状は主人公であるスーザン(エヴァ・グリーン)にもマイケル(ユアン・マクレガー)にも平等に降り注ぐ。
時間の差こそあれ同じものを同じように失っていく。
だから序盤では世界の均衡は保たれているかのようで、人々は臭覚・味覚を失った世界でもレストランを経営できるほどに順応している。
やがてそんな世界の均衡も崩れていく訳だが、比較的淡々とドライに進んでいく感じは好みだ。
症状が現れる様もまるでスイッチが切り替わるように突然変化するので、まるでそれが避けがたい厄災と思い知らされるかのようで、妙な恐怖感がある。
症状の予兆が身体的変化でなくて感情的変化によって表現されているのも巧みな部分だと思う。
臭覚、味覚、聴覚、視覚という順番で奪われていく世界。その過程で彼らはあらゆる感情をエクストリームに発散する。いきなり世を憐れんだり、孤独感に苛まれたり、怒りをぶつけたり…。
この感情の極限状態は、ある沸点に達するとピタリと止んでしまう。ことによると、その時点でその感情さえも失っているかのように思えるんだがそれは考え過ぎだろうか。
いずれにしても、感情の高ぶり(とその沈静化)は「症状のひとつ」という事に変わりはない。


ラストで視覚まで失ったスーザンとマイケルは触覚のみでお互いを認識する。
ふたりの邂逅は、静かな高ぶりを感じる良い場面で、それは確かにロマンチックな側面を持ってはいる。
おそらくは五感(five sences)が失われても、最後にはperfect senceが残る。それが愛とか希望とかそういうものだ、という話なのだろう。
そういったポジティブな意志は
「この崩壊した世界で強奪をする者は『世界が終わる』と思っている。一方で、それを正す者は『それでも人生は続く』と信じている」(大意)というナレーションでも示されている。



でも。
と同時にこうも感じてしまう。
「ラストで感じた愛、それは触覚を失う前触れとしての症状ではないか。視覚を失う前の希望に満ち溢れたエモーショナルな瞬間と同様、この愛あふれる瞬間すらも触覚を失う予兆としての症状でしかないかもしれない」
この映画の中で真に失われているのは様々な感情のように思える。
触覚を失う事はほぼ間違いない訳であって、その前触れとして失われる感情とは「愛情」ではないか。
喜怒哀楽といった感情表現が「症状」という形で空虚化していくように、もしかしたら愛すらも例外ではないのではないか。
ちょっとシニカル過ぎるか。
正直、このあたりは自分の中でも消化しきれていない。その消化しきれない点も含めてこの作品の魅力だ、という強引さで〆る事にします。


キャストについて。
エヴァ・グリーンの怜悧さとそれに反比例するかのようなボリューム感のある肢体が美しい。
が、その美しさだけでなく、いきなり感染した時の微妙な空気の変化をうまく表現していたと思う。目、目が良いんですね。
あとはユアン・マクレガーの顔のデカさ。スターウォーズでXウイングに乗っていた叔父さんのデニス・ローソンも出てたんだけど、彼の方が頭小さかった。なんか渋くてカッコイイし。


という事で、それほど期待せずに90分でサクっと観にいけるという事で選んだこの作品は『ハプニング』が好きな自分にとっては拾い物的作品だった。


あ、そうそう。『残像に口紅を』を読み返したくなった。これも世界が段々と消えていくお話です。

残像に口紅を (中公文庫)

残像に口紅を (中公文庫)