手からこぼれ落ちるハピネス。『ドラゴン・タトゥーの女』

翻訳物の小説、特にミステリ系だったりなんかすると登場人物の名前が多くて混乱することがある。
時々、最初の方にある「登場人物紹介」をペラペラと戻って確認しないと「あれ、この人なんだっけ?」ってなってしまう事もしばしば。

と言う事で
ドラゴン・タトゥーの女

オリジナルのスウェーデン版や原作は未見(未読)だけど、随分と前からカッコ良すぎる予告編にやられていた。
フィンチャーの新作というのを除いてもかなり楽しみにしていた作品。
余りにもハードルが高くなりすぎていたので逆に不安すら感じていたほど。
が、しかしそんな心配は無用だった。
ソーシャルネットワーク』に引き続いて不穏なテンションを保つサントラ効果は抜群で、フィンチャー特有の「格調」ある画面も流石という感じ。
2時間半という長い上映時間はまったく苦にならず、いやむしろリスベット(とミカエル)の世界にもっと浸っていたいと思わせるくらい。
オリジナル版も観たくなるし、なにしろ原作を読みたくなるね。

巻き込まれ型主人公としてやや枯れた感じのダニエル・クレイグ(しかし拷問の似合う人だなあ)も良かったが、何しろルーニー・マーラだ。
オリジナルのリスベットを観てない事を断ったうえで言うが、個人的には彼女のリスベットは素晴らしかったと思う。
その能力(と言動)のエキセントリックさは、彼女の苛酷(であろう)境遇と今も続く目を覆うような抑圧からの解放の現れであり、だからこそ彼女に心打たれる。
まさか泣かされるとは思わなかった。
確かにストーリーの軸となっているミステリ部分は、ビックリするほどの展開ではないかもしれない。
しかし全体を支配する救いのなさと救いとの境界線、そのギリギリを綱渡りするようなキリキリとした張りつめた空気は良いテンションを保っていたと思う。
フィンチャーといえばブロンド女性、と個人的に思っているんだけど、今回も、しっかり出てくるし。

キャストはメイン二人はもちろん「猫」まで文句なし。嗚呼…「猫」よ。
奇しくも『人生はビギナーズ』に続いてクリストファー・プラマーゴラン・ヴィシュニックを目にする事になった。(ふたりの絡みはないけど)
ゴラン・ヴィシュニック、ちょっとジャレッド・レトに雰囲気が似てるね。


不満な点を挙げるとすれば、といっても作品そのものというよりも上映形態についてだけど。
あのモザイク、あれ何とかならなかったんでしょうか?興ざめもいいところだし、いやむしろ嫌らしく見えて逆効果ではないかね。
せめてボカシの方がまだマシだったんじゃないだろうか。
という事で以下ネタバレも含みながら。

冒頭から中盤までのくすんだような暗い場面が続くが、中盤の謎解きの部分で、やや鮮やかな色合いになる箇所がある。
しかしその謎が明かされる事は、すなわち暗い過去を暴く事にもなる訳で。そのコントラストは意図的か。ここちょっと不思議な感覚に囚われた。
終盤には、ふたたびフィンチャー的色合いに戻るので、あの少し鮮やかな部分が印象に残る。
気のせいかもしれないけど。


ストーリーの中心となっているハリエット事件、それ自体は驚くような展開を見せる訳ではない。
いやもちろん、謎解きのカタルシス(ミカエルが写真からハリエットの表情の変化を見つけた時のダニエル・クレイグやリスベットの調査能力の高さを発揮する場面などなど)はあるし、事件そのものの救いのなさと寄る辺ない解決のバランスも良い。まるで横溝正史の小説のような呪われた一族の話。ハリエット自体もその呪縛から逃れられていないという結末も、非常にやるせない。
しかし、この映画のコアはハリエット事件ではないと思う。それを巡る男とそしてドラゴンタトゥーの女の物語だ。

リスベットがミカエルに惹かれて行く理由や過程は細かく描かれていない。この辺りは原作で説明されているのかどうか分からないが、しかしミカエルが初めてリスベットの部屋を訪ねた時、すでに彼女が何かしら彼に単なる調査対象以上の感情を抱いている(のではないか)というのが感じられる。

この場面での「女を殺した犯人を捕まえるんだ」とミカエルが言った時のリスベットのリアクション、その表情が変化する一瞬、好きな場面のひとつ。

徐々に距離が縮まっていく二人の関係、というよりはリスベットの対応の変化はごく僅かな表現で示される。
そして苛酷な環境で抑圧されたリスベットが、徐々に解放され、「友達ができたんだ」と言うまでに至る。
だからこそハリエット事件が終わったあとのエピソードは一見、蛇足のように感じるケースもあるかもしれないが、彼女の行動とその結果こそがこの映画の最もグッとくる瞬間だ。

誰に頼まれた訳でもないヴェンネルストレム(いやしかし覚えられないね、この名前)を陥れるリスベットの行動、そしてその独自の調査能力を発揮してミカエルの皮ジャンを買うリスベットのいじらしさ。
そしてそれを渡すこともなくゴミ箱に捨ててバイクで走り去るリスベット。その背中には哀しくもまた漢を感じる。


手からスルリと抜け落ちたハピネスを彼女が掴む日は来るのか。