マイ・ワイフ・イン・ア・コーマ、うちの妻にかぎって…。 『ファミリー・ツリー』

しばらく映画を観てなかった。
野球観戦で広島に行ったり、liveを観たり、デジタル一眼カメラ(というかレンズ交換式カメラというのが正しい呼称らしいですね)を買ったりしているうちに一ヶ月近く映画を観ていない状態。まあ、こういうのは流れに任せて。

という事で
ファミリー・ツリー

妻が事故で昏睡、代々受け継いだ土地の売却問題、娘たちとの関係、そして…。
こういったテーマはともすれば「湿っぽく」、もっと言うなら「お涙頂戴」になりかねない。
そうなることを巧みに避けながら、かといって例えばオフビートな方向に振り切れる事もなく、しっかりと琴線に触れる作品になっていて、とても好感触。
長女の思春期特有の反発や次女の無邪気さとそこに潜む哀しさを、サラリと、でもしっかりと描いているあたりに代表されるように、個人的には好きなのスタンス/距離感の取り方だった。このバランスは素晴らしい。

ジョージ・クルーニーと言えば、シニカル・ニヒル・ドライという印象が強い。まあコミカルなキャラクターも演っていたりするが、今回のようないわゆる「お父さん」然とした役柄は記憶にない。しかも終始アロハシャツ。*1
これが決して気を衒う感じではなくて上手くハマっていたと思う。

長女の思春期の難しさと父親の理解者の間を動く感じ。次女の無邪気さと愛おしさ。義父のロバート・フォスターの何というか憎みきれない頑固さ。などなど他のキャスト陣も良かったが、個人的にはブライアン・スピアーとその妻の「あの感じ」がツボ。何というか飛び切りイケメンでも美人でもない微妙なラインというか、それが妙にリアルというか。
ボー・ブリッジスも久しぶりに見たけど、何というか憎めない俗物感がgoodでしたね。

浮気相手を探す旅は、予期せぬ同行者(娘のボーイフレンド)の存在もあって、ロードムービーとして成立している。
そこで描かれるのは、主にマットの父親(あるいは夫)としての成長だろうか。
このあたりも長女アレックスと共犯関係が成り立つ事で自然にパートナー的な結束が生まれ、それが自然と親子再生に繋がっているなどさりげなく上手い。親子の断絶は朝食やプールのシーンなどでコンパクトに描き、グダグダと和解のきっかけとなるエピソード*2など挿入しないあたりの上手さ。

深夜のマットとシドとの会話も良い。シドの告白を聞いてもマットは彼を抱きしめたり、慰めの言葉をかけるわけではない。ただ「おやすみ」と言うだけだ。
それに答えるシドの「おやすみ、ボス」、この台詞だけでふたりに信頼関係のようなものが生まれた事がわかる。
最初、観終わったときはシドの役割がいまひとつ中途半端かなって気がしないでもなかったけど、でも振り返れば丁度良いバランスだったと思う。あれで、シドの無垢な一言が義父の心を解かすとかやられても困るしね。
きちんと遺灰の時やラストのカウチアイスの時にいないシドの正しさ!
この作品の人物たちは基本的に正直に自分の思っている事をそれほど隠していたりせず発言・行動しているように感じる。
長女アレックスのボーイフレンド、シドの明け透けさは、実は登場人物たちが持っているものだ。
例えばロバート・フォスター演じる義父は、マット(やアレックス)を悪し様に責める。厭味たっぷりに。取り繕うと言う事をしない。で、それが結局最後までそのままだったりする。安手のドラマだと、終盤で涙ながらに「俺も言い過ぎた。すまん」なんて泣きながら和解したりしかねないが、そんなことはない。
ただ娘にそっとキスをする姿を写すだけで、「ああ…この爺さんも頑固でとっつきにくいが、それも彼なりの愛し方なんだな」と思わせる。
それを見つめるマット達のリアクションも控えめだ。それをどう感じるは観客に委ねられている。(まあ、誘導されているとも言えるけど)

あるいは、スピアーの妻ジェリーが病室でぶちまけたバカ正直な告白とか。個人的にあのジェリーの言動は、とても誠実で「正しい」スタンスだと思う。
とにかく。
いずれも潔く、だからだろうか、決して憎む気にはなれない。
いとこのボー・ブリッジスの俗物的で打算に生き様も、結局は(渋々かもしれないが)マットの決断を支持するあたりに奇妙な誠実さを見出したりして。*3


全体的にバランス感覚が優れてるんだろうね。泣きと笑いの絶妙な匙加減というか。
ジョージ・クルーニーの作りだしたマット像が効果的に効いてくるのが、終盤の例のアレだろう。
ダンディでセクシーなキャラではない中年男、というイメージが刷り込まれたからこそ、マットが行う「反撃」のインパクトが強調される。
スピアーを殴るでも、妻に告げ口するでもなく唐突に行われるキッス。良いカウンターだよね。


マットの最後の「贈る言葉」が素晴らしい。決して美辞麗句だけを連ねるだけではない。というか呪詛めいたフレーズと言ってもいい。しかし、だからこそ偽りない正直な妻への思いが伝わってくる。だから泣ける。いや、ここ良かったね。


マットはこの夏、アレックスとスコッティ(とシド)を連れて、あのビーチへキャンプしに行くんだろうか。行くんだろうね。行かなきゃならない。

*1:ちょっと違うけどダンディ路線の田村正和が「うちの子にかぎって…」でイメージ転換したのに近い印象。

*2:例えば手紙を見つけるとか、「ああ・・パパはこんなにも私のことを思っていたのね」的エピを入れるとか、そんなの必要ないんだよね。

*3:このシーンでマットが切々と土地の大切さを訴えてる時のボー・ブリッジスのリアクションが最高だった。「うんうんうん。はいはいはいはい」って感じの相槌!