梅雨のシアターN祭り(2) その炎は全てを焼き尽くすことができるか。『ベルフラワー』

最近では少なくなったけど、若い時には寝る前に睡眠導入の為に色々と妄想する事が多かった。
現実に近い形での妄想もあれば、明らかに非現実的な妄想の場合もある。具体的な内容については言えませんけど。

と言う事で
ベルフラワー

渋谷シアターNでは公開初日企画としてビールが飲み放題となっていた。缶ビールを気前よく配っていて好きなだけ飲む事が出来る。
とは言えやはり飲みすぎると途中でトイレに行くリスクが高くなるので、自制せざるをえない。実際かなりの人がトイレに行っていた。ま、そうなりますわな。

マッドマックスのヒューマンガスに憧れる若者ふたりの映画というので、所謂「愛すべきバカB級映画」的なものを想像していたら、これが予想外にアツく痛い青春恋愛映画だった。
監督・主役・編集などを務めたエヴァン・グローデルを始め、キャストはみな魅力的だった。まったく初めて見る人達ばかり(のはず)だったが、やはりアメリカの層の厚さというかこういう人たちが一杯いるんだな、と妙な感心をしてみたりして。エイデン役のタイラー・ドーソンなんて名前の響きから顔つきまで何となくエドワード・ノートンを思い起こさせる。コートニー役のレベッカ・ブランデスも良かった。


意図的に汚されたレンズ越しに見える風景は時にトイカメラ風のどぎつい色彩を放ち、時に生々しい現実を映し出す。
主人公ウィドローの恋愛は、何しろコオロギ早食いした女と意気投合してしまうというスタートから破滅が約束されているといっていい代物。
現実と妄想が入り混じり、自制が混乱している様はまさにウィドローの精神状態を表しているかのようで、ついにはこちらも何が現実で何が妄想なのかが判別しにくくなってくる。
しかし、だからこそ正しいと思える。


ウィドローとミリーのテキサス旅行は、ふたりのささやかなハピネスの一場面であるが、それは華やかなもので飾られてはいない。田舎の薄汚れたレストラン、ボロボロのバイク、ゲロ…そういったもので埋め尽くされている。
スタートから、すでに綱渡り状態の関係は、ミリー自信が予見するように破滅へと向かう訳だけど、裏切り直前でのベッドでのミリーの態度は秀逸だった。
セリフ自体はごく自然のニュートラルな会話なのにちょっとした表情の変化などから「ああ…これはウィドローから心が離れている」と判る。
このあたりは『ブルー・バレンタイン』にも通ずるとても痛いシーンだった。
もう何をしても何を言っても駄目な感じ。哀しい結末がヒシヒシと迫っているあの感じ。
過去の思い出の中でウィドローとミリーが官能小説を音読しているシーン。楽しかった思い出としてこれが出てくるあたりもどうかと思うけど、それとミリーの裏切りとをシンクロさせるあたりの非情さがまた。
ミリーを演じたジェシー・ワイズマンの何と言うか「生活感あふれた」肢体の様が素晴らしい。飛び抜けた美人でもなくモデルのようなスタイルをしている訳でもない、あの普通感。それでいてスタンダードな人間ではないオーラを感じさせる。

ここから映画はウィドローの妄想と現実が入り混じった状態が加速していく。
ウィドローとコートニーの関係もどこまでが現実であるか確信が持てない。画面のトーンで区別されているのかもしれないが、この辺はもう一度確認してみないとはっきりとは判らない。
妄想と現実の混在は、次第に全てはウィドローの妄想なのではないかという疑念を抱かせる。ミリーとコートニーやマイク、事によるとエイデンですら。まあ、それは考え過ぎか。
とにかく。
ウィドローのバイク事故以降は、彼を取り巻く状況はエキセントリックな事態へと転がり続ける。
ミリーの私物を彼女の家の前で焼き払い、マイクはエイデンに殴り殺され、ミリーから常軌を逸した仕打ち*1を受けたウィドローはミリーを凌辱し、そしてコートニーは頭を撃ち抜く…。
後にそれはウィドローの妄想であろうと思われる描写にはなっているが、しかしそれはウィドローの願望でもある。
この世なんて荒廃してしまえばいいのに。マッドマックスの世界のように。こんな世界はすべて焼き尽くしてやる。
ウィドローはそう思っていたのかもしれない。
浜辺でミリーの私物を火炎放射器で焼きながら、そんな事を考えていたのだろう。

そしてエイデン。
「お前ならヒューマンガスになれる。この街をふたりで出て行って、略奪の旅に出よう」(大意)
実際にはマッドマックスのような世界はやってこない。核爆発でキノコ雲ができるということも起きない。*2
言ってみれば(日本のポスターの惹句のように)「女なんて、信じられないしさ、そんなの忘れちゃおうぜ」って事ではあるが、それを二人に共通した世界観で言いかえるあたりに深い友情を感じる。
エイデンの表情が、またそれを物語っている。ように感じました。

こんな世界じゃなくマッドマックスの世界なら俺たちは上手く行くハズ。

我々にもいつか、メデューサモデル1号を作らなきゃいけない時が来るかもしれません。
とりあえずはサントラを聴きながら妄想の世界に入ります。

*1:髭を彫りこんじゃうって!こんな罰、初めて観たわ!

*2:とも言い切れないところが今の恐ろしさではあるけど。