フォークリフトのハンドルさばきと暗い瞳。『夢売るふたり』

確かに子供の虐待事件のニュースなどを見ていると「ホント、両親のどっちかが止めようとは思わなかったのか」と言いたくもなるもので。
しかしもしかしたら当事者たちも同じような事を言っていたのかもしれない。

と言う事で
夢売るふたり

特に観る気はなかったのだが、友人のつきあいで観ることになった。
結論から言えば、観て損はない。というところだろうか。とにかく松たか子だけでも金額の元は取れる。
前半のコメディタッチの部分は、素直に笑える箇所も多く飽きさせない。
結婚詐欺の手法として何か驚く仕掛けがある訳ではないが、それでも阿部サダオと松たか子のやりとりは良く出来ていると思う。
冒頭の「よく出来る妻」っぷりを一瞬で判らせるあたりは監督の手腕というところだろうか。
前半で描かれる詐欺風景は基本的にコメディタッチで、それが段々と闇を帯びてくる感じもなかなか悪くない。多くを説明せずに含みを残した表現方法は効果的でバランスが取れていたと思う。もちろん不明瞭な部分は(意図的に)残されていてしかしそれはストーリーが追えなくなったり大きな混乱を生んではいない。
ただちょっと長かったかな。もう少しタイトでも良かった気もする。
あとネタバレになるので後で書くけど、一か所どうしても首をひねりたくなる描写があってそこは気になるところではある。
主役ふたりに加えて、騙される女たちは皆、それぞれに魅力的で良いキャストだったと思う。
特に重量挙げ選手のひとみちゃんとデリヘル嬢のノリヨちゃんが素晴らしかった。あとカメオ出演的に出てくるあの人。
いや最初気がつかなかったッス。

全体的には嫌いな演出ではなかったんだけど、子供に鶴瓶を刺させるところだけはちょっと引っかかる。
確かにショッキングではあるし、子供が包丁持ってきて危ないことになるんだろうなあ、という想像はしていたけど、あれほどクリティカルな刺殺(いや死んでないけどね)をするとは思わなかった。
上手く言えないけどちょっと悪趣味な印象を抱いてしまった。まあ瑕疵というつもりはないけどね。ちょっと気になっただけで。

まあ、そもそも結婚詐欺自体が犯罪であって、ハナからダークサイトに堕ちてると言える訳で。
最初に睦島さん(鈴木砂羽)から貰ったお金をガスコンロで焼いた後に浴室で夫・貫也を責める里子の瞳は既に闇を含んでいたんだけど、それでもまだこちらにも笑える余裕があった。
やはり、ひとみちゃんの登場から段々と崩壊が加速している気がする。ひとみちゃんの言ってみれば愚鈍なほどのピュアさは、里子の闇を浮き彫りにする。
例えばレストランでの「もう引き上げよう」「何で?ひとみちゃんが可哀想だから?」「いやそうじゃなくて…あなたが。だってあんな…」という夫婦のやりとり。
一瞬笑いを誘う場面だが、貫也の「お前の方がよっぽど醜いよ」(うろ覚え)というセリフに思わずハっとさせられるように里子はすでに向こう側へハマっている。
もうひとり里子と対象的なのがデリヘル嬢のノリヨちゃん。
田舎の親は借金を抱えているし、前夫*1は超絶DQNだし、「留学の為にお金を貯めてる」という辺りも「あ〜あ…」って感じの駄目さ加減プンプンの女性だ。歯もガタガタだし。
貫也の「妹が病気で…」という話にも「うんうん。はいはい」と適当な返事をしながらお金を用意する。その騙されっぷりはむしろ潔いほどであって、むしろ全て判っていて騙されてるんじゃないか、という気がするくらいだ。
そんな彼女は男たちにこう言い放つ。
「誰が幸せにしてくれって頼んだ?私は自分の足で立ってる。充分幸せだよ」(大意)
このくだり、結構グっときます。
一方、里子は貫也の「夢」に自分を寄りそわせているだけだ。いや「だけ」という言い方はフェアではないし、それがいけない事とも限らないんだけど、ノリヨちゃんのように「自分の足で立っている」というのとは対照的だ。*2

貫也が帰ってこなかった夜、居酒屋での混乱(というか混線というか)から始まる崩壊の序曲は、翌朝ピークを迎える。
木村多江演じる子持ちの未亡人の家で包丁(火事の時に持ち出すほど大事な包丁)を見つけた時の里子の表情は出色だ。
恨みか諦めか怒りか悲しみか…。あるいはその全てを含んだような暗い瞳。
横断歩道で睦島さんと対峙した時の睦島さんの笑顔も素晴らしかったけど*3、やはり松たか子のあの表情は素晴らしい。
警察から逃げ出す時にハラハラと落ちる資料は、まさに夢が散っていく様のようでベタではあるがとてもエモーショナルでなかなか上手いと感じた。

ホントに病気なんじゃないかと勘ぐらせる余白のある描写とか、あと生理用品を下着にとりつける時の手際の良さも印象に残るシーン。いやあれがリアルなのかどうか知らないけど、何と言うかパタパタとパンツにナプキンを事務的に装着している姿は生々しくそれでいて乾いた感じが不思議だった。

とにかく。松たか子に尽きる。
フォークリフト!あの運転、ハンドルさばきの素晴らしさ!
だから何だという感じだけど、あの場面だけでも観て良かったな、と思わせる。
そんな映画でした。

*1:伊勢谷友介!最初判らんかったわ。

*2:文字通り、里子が貫也の足の上へ乗って歩く場面がある。とても夫婦らしくて微笑ましい場面であると同時に、ノリヨのセリフと照らし合わせると色々と思わせるシーンだった。

*3:しかしアレは何だろうか。睦島さんの余裕なのか、無自覚の笑顔なのか。それとも…。