プロの矜持が輝く瞬間の美しさ。『アルゴ』

だからといってイランのアメリカ大使館に「消耗品たち」がやってくることはなく。

と言う事で
『アルゴ』

冒頭のワーナーブラザーズの昔のロゴが粗い画質で出てきたときから70〜80年代へ引き込まれる。
これからクリント・イーストウッドの映画が始まるかのようなこの幕開けはベン・アフレックの新作としては100点ではなかろうか。というのは言い過ぎかな。

作品全体としては、飛び抜けて個性的な描写や表現があるわけではないかもしれない。それは「手堅さ」や「こなれた」というネガティブな評価を帯びそうではあるが、しかしそこに物足りなさは全くなく、一貫して緊張感を保った良く出来た作品に仕上がっている。

サスペンスやスリルと言った部分は、結果については判っていてもドキドキさせてくれるし、特に後半の展開については別な意味で非常にしびれる。


その特徴である顎を髭で隠したベン・アフレックは、まるで「復活の日」の草刈正雄のような風貌で画面に現れる。
正直、予告編の段階ではベン・アフレックって気が付いていなかった。今回は監督に徹したんだなー、なんて思っていたりしたくらいで。
いや良かったね。ベン。
アラン・アーキンジョン・グッドマンについては流石という他ない存在感だし、さりげなく顔を出すジェリコ・イヴァネクの存在も嬉しい。そして人質たちを始めとするキャストも皆良かった*1んだけど、個人的には上司役のブライアン・クランストンが素晴らしかったと思うのです。
特に終盤アルゴ作戦が成功するか否かの瀬戸際での彼のプロとしての素早い対応。
こう、何て言うんですかね矜持のようなものが輝く美しさがあって。
ドライではあるが、決して杓子定規に型にハマる訳ではない感じというかね。いや、ほんと終盤は彼(とその周囲)の動きがホントかっこよかったです。

ジャック・オドネルがアルゴ作戦の中止をトニー・メンデスに伝えたあとに、受話器で壺(?花瓶?)を叩き割る場面。
本来ならトニー・メンデスの方がとりそうなこの感情の発露が、上司であるジャック・オニールによってなされるというあたり。さりげないが上手いと思う。
トニーの方は、余り感情を表に出していない。作戦中止の報にはもちろん抵抗をするものの、だからと言って壁をなぐったりはしない。酒は呑んでたけどね。
そして静かに作戦を実行に移す。
「責任は誰かが取らなきゃならない」

で。トニーが作戦実行をジャックに伝えたあとのジャック(と部下たち)の動きが個人的にはかなりグっときた場面で。
動き始めてしまった以上、それを成功させるために最善を尽くす。
部下たちも「だって許可ないから無理っすよ〜」てな感じだったのが、いざやるとなったらそれなりにキッチリと仕事をこなしていたりして、このCIAの場面、良かったですね。

トニーが何故アルゴ作戦を続行させたのかは、まあもちろん感情的な揺れというのもあったには違いないが、しかしここまで下準備して色んな難関をくぐりながら来たオペレーションをこのまま終わらせてしまうよりは、アルゴ作戦を続けた方が確率として正しい、という判断もあったのではないか、とか。
トニーが人質の中でもアルゴ作戦(とトニー)に懐疑的であるスタフォード*2に素性を打ち明けたのも、その方がスムーズにいくからという判断も、ちょっとはあったのかもしれない。
と思うくらい、トニーはほとんど感情をあらわにせず任務を進めて行く。
でありながら、妙に人間的な温かさも感じる不思議なバランスを保っている。
演技者としてのベン・アフレック、見直したい。

アラン・アーキンジョン・グッドマンのおじさんコンビは、もう流石と言っていい。
電話に出れるかどうかのドキドキ場面もどことなくユーモラスな空気もあり、良いアクセントになっていた。長年エンタメ界で飯を食ってきたプロの矜恃でアルゴ作戦に参加しているかのような二人。*3


まあ、しかしアレですね。
SF活劇「アルゴ」は仮に製作されていたとしても大ゴケしただろうね。いや、ちょっと観てみたい気もするけど。
「ファッキン、アルゴ!」

あ。エアロのドリームオン、流れなかったね。

*1:美術監督/スタフォード夫人、結構良い感じなんだけどパンフに名前乗ってないんだよね。

*2: そんな彼が空港で現地語を使って映画の説明をして危機をすり抜ける場面。グッとくると同時に「そんなに流暢に話すとかえって危ないんじゃないか」とドキドキしたりもして。

*3: 一瞬映る崩れたハリウッド看板は何を意味しているのか。