思っているよりハードなんだよ、コッチは!『エンド・オブ・ウォッチ』

逃げ回るブラピを観ようと思っていたが、気がつけばコレを観ていた。

という事で
エンド・オブ・ウォッチ

サウスセントラルが舞台で制服警官が主人公、アフロアメリカンとヒスパニック系の抗争などなど確かに『カラーズ』と重なる部分も多い。
冒頭の車載カメラや手持ちカメラの映像は、動体視力の低下した眼にはやや辛いが、終盤のFPSゲームの画面のようなシーンなどは独特の緊張感がある。

カメラは主人公であるジェイク・ギレンホールマイケル・ペーニャを常に写し続けている。
それは手持ちカメラであったり、車載カメラであったり、あるいは身体に直接取り付けた小型カメラだったりする。いずれも映画内でカメラの存在が明らかになっているものだ。
ご丁寧にヒスパニック系ギャングたちの中にもカメラを持っているヤツがいたりして。
もちろん、誰の視点でもない(つまりは、ごく一般的な意味での)カメラによる映像も交じっている。それは恐らくはギリギリの妥協点だったのかもしれない。
しかしその境界線は曖昧になっている。その曖昧さが、緊張感を生む要因になっているとも言える。

それにしても『カラーズ』から20年。サウスセントラルは今日も怖い街のままだ。
詳しい社会背景は判らないが、昼間でも人の気配のしない町並みや暗い夜は貧困と犯罪という負のスパイラルを感じるには十分だった。
街の空気がすでに荒廃している、というのは言い過ぎだろうか。太陽の日差しさえ暗い。

この街では警官とギャングたちを隔てる境目も曖昧だ。曖昧というか紙一重
例えばヒスパニック系の女性警官(アグリー・ベティちゃんだったんだね。気がつかなかった。)も一歩間違えばギャングに足を踏み入れていたかもしれない。
マイケル・ペーニャ演じるZも「警官にでもなるか」的なスタンスでこの職に就いたようであるし、ジェイク・ギレンホールも見ようによってはチンピラ風ではある。
しかし彼らにも警官としての矜持はあって、しかもそれが押し付けがましくなく描かれている。特にマイケル・ペーニャの時に愚直な行動は、しかし白々しさは全く感じず、それはもちろん正義感ではあるのだろうけど、むしろ職務を全うする真っ直ぐさのような印象を持つ。
『カラーズ』のロバート・デュバルのような「おやじさん」的ベテラン警官もこの作品にはいないし、ふたりを温かく見守る上司もいないが、だからとって上司や同僚が汚職に手を染めていて主人公たちの捜査を妨害するといったことはない。
ハードな環境の中で、彼らは彼らなりに職務を全うしようとしている。
例え眼にナイフが刺さっていても!

「密着ロス市警24時」って感じの二人の日常は次第にハードで抜き差しならない状況になっていくが、その進展していく過程で彼らの目の前に現れる状況はとても不気味で謎めいている。
この不気味さはリアルなのか。コワイ。
むしろ麻薬カルテルとか絡んでいるところをみるとより『カラーズ』の時代よりも凶悪化しているとしか思えない。見えない形で。

後で知ったけどend of Watchというのは勤務終了、という意味らしい。転じて殉職。
まあネタバレみたいなタイトルだが、しかしこのタイトルの意味を知った上で見るとより一層緊張感が増す気がしないでもない。

彼らが今生きているのは、たまたまなんじゃないか、という気すらしてしまう。たまたま弾が当たらなかっただけ。
くだらない下ネタを話してゲラゲラ笑っていた数時間後に死ぬことだってある。

harder than you think

そして現実は、これより一層ハードに違いない。