流れよ我が涙、とスパイは言った。 『裏切りのサーカス』

冷戦なんて言ったって結局は、それぞれ自国の諜報組織の体制維持の為にお互いに補完しあってるに過ぎないんじゃないか、なんて事を今になっては思うわけだけれど。
対立する2項目は、互いに構造的同盟を結んでいるっていうね。

と言う事で
裏切りのサーカス

例えばスパイ活動が露呈してしまうんじゃないか、というスリルや二重スパイが誰なのかといったサスペンス。
そういった要素はもちろん良く出来ているし、派手なギミックはないが、こだわりの感じる画面との相性も素晴らしい。
しかしこの映画の肝は、そういったスリルよりも仕事に対する矜持、あるいは男同士の人間関係(友情やあるいはそれ以上の感情)みたいなものにバランスが置かれているような感じ。
老スパイ・ジョージ・スマイリー(ゲイリー・オールドマン)を中心としたMI6の男(と女性)たちのドラマは、過剰な説明はないものの、しっかりとこちらに伝わってくる。
特にマーク・ストロング演じるジム・プリドーのパートが素晴らしい。
個人的には彼のエピソードでスピンオフを観たいくらいだ。
マーク・ストロング?はいはい悪役なんでしょ?」と舐めてかかっていたら、とんでもないカウンターをくらった。
全体的に色んなキャラクターに目配せされているとは思うけど、ジム・プリドーには特に感情移入してしまった。泣ける。
ラストなんてもう素晴らしいですよ。
以下にはネタバレを含みます。


例えばジム・プリドーとビル・ヘイドンの関係は友情以上の感情が介在していると思われるが、それについての説明は明確にはされていない。
写真やヘイドンがとる言動の一部にそれを匂わせるような描写があるくらいで、例えばセリフなどによる説明的な表現はない。*1
あるいはクリスマス・パーティでのヘイドンとジョージの妻アンの情事の場面。
外で男と抱き合っている(と思われる)赤いドレスの女とそれを見ているジョージのリアクションを映しているだけだが、前後の文脈から「ああ…相手はヘイドンか」と分からせるように作られている。説明的なセリフはないが、画面の情報量は何気に多い。
そういった演出の仕方は、さりげなく行われていて嫌味がない。

言ってしまえば二重スパイの正体については、驚く展開はない。ただ、そこへ至る過程の中で浮かび上がる彼/彼女たちのドラマ。
ジョージ・スマイリーにも若い諜報部員ピーターにもジム・プリドーにも、ビル・ヘイドンにもドラマがある。リッキー・ターにもイリーナにも。そして多分「カーラ」にも。そうそう忘れちゃいけない。プアマン=貧者/エスタヘイスにも。*2
それぞれが抱える背景については、情報量の多寡はあるにしても、誰もがそれぞれのドラマを持っている。

そういったドラマの中でも個人的に強く心動かされたのがジム・プリドーだ。
冒頭のブダペストの緊張した場面も良かったが、やはり「その後」のドラマ部分が突出していて出来が良い。
身を隠して小学校教員として身を隠すプリドーと眼鏡君との関わり。第2の人生を静かに暮らそうとしている一方で、眼鏡君をまるで小さな諜報部員に育成しているように見える。
このあたりのエピソードは別枠で見たいくらいだ。
そして親友(あるいは恋人)であるヘイドンの裏切りの清算をするためにライフルを持つプリドーの涙。
ここの涙の演出は素晴らしかった。ヘイドンの頬に命中した球の貫通した穴から流れる体液。
コリン・ファースの覚悟の表情も含めて、このまま映画が終わっても良い、と感じる程のクライマックス感。ここだけでも観て良かったと思える。
マーク・ストロングの幅の広さを知らされた。いやはや参りました。


度々回想シーンとして出てくるクリスマス・パーティ。
色んな思惑が錯綜する状態でありながら、それでも皆が(少なくとも表面上は)楽しく過ごしていたあの時。
ちょっと『ゴッドファーザー』の食事シーン的な哀しさを感じさせた。
しかしソ連国家、皆歌えるのね。


締めくくり方も音楽のみを流して、過剰な説明を省いていて良い。
ジョージの復権と夫婦関係の修復をさらりと描いていて映画の余韻を感じるのに丁度良いエモーショナルなエンディング。

果たしてサーカスの席へ戻ったジョージは幸せなんだろうか。




あ。トム・ハーディは黒髪の方が似合うと思います。

*1:クリスマス・パーティでの無言の会話。あれも素晴らしかった。あのパーティの時点で、プリドーはヘイドンの「裏切り」を感じていたのだろうか?

*2:それからスマイリーと同じく諜報部を解雇されたコニーにも。この人『シド&ナンシー』にも出てたんだね。覚えてないけど。